佐々岡 真司


18 投手

佐々岡 真司

佐々岡真司

佐々岡真司レーダーグラフ
Shinji Sasaoka
生年月日 67年 8月26日 乙女座
年齢・血液型 40才(引退時) O型
出身 島根県浜田市
投打 右投右打
身長・体重 185・90
球歴 浜田商−NTT中国−広島(90)
入団 90年 1位   18年間 引退07年
年俸 7000→7500 △500
タイトル 最優秀選手1回(91)
最優秀防御率1回(91)
最多勝1回(91)
沢村賞(91)
ベストナイン1回(91)
その他記録 無安打無得点試合(99.5.8)
最多完投(99)
最多完封(99)
備考
入団までの経緯・特徴

雲城小3年で野球を始め、金城中で内野手。浜田商2年の時に投手に転向し、エースとなる。NTT中国に入社して全日本に選ばれ、89年には三菱重工広島に補強されて、都市対抗に出場。1回戦でNTT東京の与田剛(元阪神)と投げ合い、さすがドラフト1位候補と言われた。年齢は8月で、大野以来の40歳を迎え、チーム1の大ベテラン。直球は140キロ前後だが、縦に曲がるドロップが武器。またシュートや高速スライダーを巧みに使いこなし豊富な球種で打者を翻弄する。90球前後で球威が落ちるため、スタミナ面で不安が残る。

入団後の経過

入団1年目の90年4月12日対大洋戦に先発投手として初登板、完投勝利を挙げた。その後はリリーフエースとして活躍、17連続SPの日本記録を樹立。シーズン終盤は再び先発に復帰。1年目から13勝17Sと大活躍したが、新人王は中日の与田に奪われた。翌91年は17勝で最多勝と防御率1位の2冠を獲得し、リーグ優勝の立役者となりMVPに選ばれた。95年は開幕投手となるが、リリーフに転じて17セーブをマーク。98年のシーズン途中から先発に復帰し、99年5月8日対中日戦(広島)で球団史上3人目のノーヒットノーランを達成した。03年は、先発・抑えをこなし史上6人目の100勝100Sを達成。

04年は先発を捨てセットアッパーに転向。初登板から4試合まで6回1安打10奪三振と完璧な内容。5月になると抑えの永川の不調により抑えに転向。そしてまた中継ぎ、先発と持ち場が変わった。先発転向当初は失敗する事もあったが、8月からは計8度の先発で1勝しか挙げられなかったものの48回1/3で防御率1.86と安定感は抜群だった。3勝3セーブに終わったが、チーム事情を考えると数字以上に評価したい。

05年、開幕当初は先発を務めていたが、8度の先発で6度失敗、6イニング以上投げた事は一度も無かった。球が高めに浮くなど生命線のコントロールが安定しない状態。自慢のドロップもキレが無く、自身4連敗で勝ち星なしの5敗目を喫すると、試合後には2軍降格が言い渡された。6月2日からファームでの調整を余儀なくされ、ルーキーイヤーの90年以来となるファーム登板も経験した。2軍調整をしていた佐々岡は、21日1軍に合流。中継ぎに転向し、22試合に登板、17度の救援に成功。成功率は77%と、健在ぶりを披露した。しかし結果的には、入団以来最小の1勝。防御率もワーストの6.33だった。

04年の年俸1億3000万円から、球団史上最大減額となる6000万円ダウンの7000万円でサインした。シーズン中には「引退」の2文字が頭によぎったという右腕だが、当時の山本浩二監督から「お前はまだやれ。チームを引っ張れ」と励まされ、現役続行を決意したという。野村が引退し、チーム最年長になる。

2006年度総括・展望

05年自己ワーストの1勝に終わりどん底を経験し、昨季は進退をかけたシーズン。3月に腰を痛めたものの、オープン戦では順調な仕上がりを見せ、先発ローテの5番手として起用された。初先発となった4月9日、ヤクルト戦(広島)で、6回をわずか1安打無失点に抑え、先発として04年8月7日以来510日ぶりの勝利を挙げた。

キレのある直球と落差の大きいカーブ、スライダーを駆使し、18個のアウトのうち13個を内野ゴロに仕留めた。内外角を突く投球でヤクルト打線をほんろう。まるで全盛期の輝きが戻ったようだった。5月4日のヤクルト戦(神宮)では、6回を3安打無失点に抑え3勝目をマークすると、江夏豊氏に次ぐ史上2人目の先発100勝100セーブの金字塔を打ち立てた。

だが苦しみも味わった。6月10日に6勝を挙げて以来、9月22日に7勝目を挙げるまで、勝てない時期が3ヶ月半も続いた。苦しみのあまりブラウン監督に「若手に出番を譲りたい」と2度も進言したが、指揮官は「もっと投げてもらわないと困る」と却下された。10月5日の中日戦(ナゴヤドーム)、シーズンラスト登板を5回1失点に抑え勝利で飾ると、4年ぶりの規定投球回数にも到達した。エース黒田さえも途中離脱する中、唯一先発ローテーションを守りきりチームを引っ張った。

オフの契約更改では、わずか300万増の7300万円を球団から提示。05年、規約の規定を超える50%以上ダウンの年俸7000万円を受け入れた男には納得のいかない金額だった。球団は「先発だが5回しか投げてない」と評価を下した。最低でも8000万円をラインに視野に入れていただけにショックは相当なものだ。日程を調整していたが、第2回交渉が07年に持ち越しとなった。佐々岡自身保留は10年ぶりで、カープでの越年は84年の北別府学氏以来、22年ぶりの出来事だ。1月11日に500万円増の7500万円で判を押した。

今季も本人は「1年間先発ローテーションを守りたい」と、まだまだ意欲的。90球前後で球威が落ちるため、スタミナ面で不安が残るが、計算できる投手は黒田、ダグラスぐらいと少ない。まだ佐々岡には“引退”の2文字は遠いようだ。

更新日 2007.01.28

公式戦年度別成績
年度 所属 登板 完投 完了 当初 完封 無四 勝利 敗北 SP 打者 安打 被本 四球 死球 三振 失点 自責 防御率 順位
1990 広島 44 6 29 7 2 0 13 11 17 24 621 151 1 123 15 53 6 129 56 53 3.15 5
1991 広島 33 13 0 18 5 0 17 9 0 0 962 240 186 20 69 8 213 69 65 2.44 1
1992 広島 29 7 0 20 1 0 12 8 0 1 815 197 186 14 60 4 161 87 74 3.38 12
1993 広島 30 7 1 21 1 1 5 17 0 0 793 183 206 21 58 5 124 93 88 4.33 16
1994 広島 41 2 10 12 1 0 7 9 6 9 547 130 2 129 15 27 4 93 51 48 3.31 12
1995 広島 44 2 30 10 0 0 7 7 17 20 525 127 108 10 39 5 110 47 43 3.05
1996 広島 49 0 46 0 0 0 5 7 23 28 270 69 54 5 14 3 71 13 13 1.70
1997 広島 39 0 35 0 0 0 5 5 21 26 243 57 2 54 5 20 2 64 19 17 2.65
1998 広島 29 1 12 15 0 0 5 11 6 8 491 121 113 17 25 3 96 54 51 3.79
1999 広島 26 13 0 13 5 1 15 8 0 0 787 190 181 17 43 4 150 73 69 3.27 5
2000 広島 21 5 0 16 1 1 10 6 0 0 602 142 2 154 18 29 1 94 71 63 3.97 12
2001 広島 32 7 13 10 0 1 7 10 7 8 588 140 1 154 16 31 3 92 61 56 3.59 10
2002 広島 25 2 0 23 1 2 8 9 0 0 647 153 2 167 13 32 1 127 76 59 3.46 12
2003 広島 29 1 9 16 0 0 8 8 6 8 467 110 1 122 20 25 5 81 64 60 4.89
2004 広島 30 0 7 11 0 0 3 7 3 4 351 81 1 98 6 17 3 61 38 35 3.87
2005 広島 30 0 10 8 0 0 1 6 0 1 246 54 75 14 19 0 37 44 38 6.33
2006 広島 27 0 0 27 0 0 8 8 0 0 619 149 2 155 24 29 5 82 77 68 4.09 14
2007 広島 12 0 1 10 0 0 2 7 0 215 45 2 75 9 5 4 21 34 33 6.50
通算 570 66 203 237 17 6 138 153 106 137 9789 2344 1 2340 259 595 66 1806 1027 933 3.58

ファーム年度別成績
年度 所属 登板 完投 完了 当初 勝利 敗北 打者 安打 被本 四球 死球 三振 失点 自責 防御率 順位
2005 広島 1 0 0 0 0 0 0 4 1 1 0 0 0 1 0 0 0.00
2007 広島 1 0 0 1 0 1 0 22 4 8 1 1 0 3 4 4 9.00