高校時代は一塁と外野手を守る。拓大では、東都の二部リーグだが通算17本塁打を放つ。4年の時に投手に転向。ノンプロでは3年連続都市対抗に出場。最速148キロを越すストレートを軸にスライダー、シンカー、シュートを投げ分ける。006年はストレートの平均球速が3キロ増し、威力も復活。
入団から先発、中継ぎとこなしていたが01年に5度の完投を含む自己初の10勝を挙げ、91年川口以来の2ケタ勝利を記録。ほぼ1年間通して先発で起用されたのはプロ入り初めて。02、03年は終盤の故障で2桁目前の9勝止まり。
04年も4月のスタートで7回以上を投げ、先発としての役割をきっちりこなした。しかし打線との兼ね合いも悪く、毎月1勝しか挙げられず、6月の時点で3勝6敗。そして問題の夏場に入ると、序盤から崩れることも多く、7月17日の横浜戦では5被弾を浴びた。8月には右太もも裏に違和感を覚え降板。自身5連敗で10敗目を喫した。3年連続で終盤にきてのリタイアとなり、5年ぶりの3勝、完投ゼロも98年以来と不本意な成績に終わった。FA権を取得したが、野村に説得され残留を決意。
05年は春先に痛めた左ひざの影響もあって開幕から結果を出せず。5月4日の阪神戦では、自己最短タイとなる1回1/3で6失点KO。1−6で大敗した。4試合連続で結果を出すことができなかったベテラン左腕に対し、首脳陣は中継ぎでの再調整を示唆。登録抹消となった。6月には、2軍で調整中だった佐々岡、高橋建を「中で使う。1試合でも多く投げてもらわんと」と監督の意向で起用。しかし結果は出せず、14試合で0勝2敗、防御率9.45に終わった。7月30日に出場選手登録を抹消されてからは1軍登板がなく、8月26日には左ひざを手術。現在は大野練習場でリハビリに励んでいる。契約更改では、球団史上初の50%ダウンとなる3500万円。
昨季は、中継ぎとして起用され、開幕当初は結果を出せなかったが、5、6月は安定した投球を披露。7月は7試合に登板し、15.43と打ち込まれた。8月以降は20試合に登板し、防御率2.08と調子を上げた。
00年以来となる50試合超えの、54試合に登板。全て中継ぎ登板は入団以来初めてで、年間通して1軍に居たのは、01年以来5年ぶり。地味な役目だが、中継ぎフル回転でチームに貢献。ここ数年で年齢から衰えていたストレートも、ある程度復活し、防御率も4.70とここ数年下降線を下っていたことを思えば上出来だ。しかし大事な場面での被本塁打も強く印象に残っている。今季は2年ぶりの先発へ意欲的に挑戦する構えだ。
|