黒田 博樹


15 投手

黒田 博樹

黒田博樹

黒田博樹レーダーグラフ
Hiroki Kuroda
生年月日 75年 2月10日 水瓶座
年齢・血液型 33才 B型
出身 大阪府大阪市
投打 右投右打
身長・体重 184・85
球歴 上宮高−専大−広島(97-07)−ドジャース(08)
入団 97年 2位  入団 12年目
年俸 30000→132600 △102600
タイトル Gグラブ賞1回(05)ベストナイン1回(05)
最多勝利1回(05)
最優秀防御率(06)
その他記録 最多完投(00-02、04、05)
備考
入団までの経緯・特徴

小1から野球を始め、父が設立し監督も努めるチームでプレー。父も元プロ野球選手でかつて南海ホークスに所属していた黒田一博。高校時代は西浦(元日本ハム)の控え投手だった。東都大学2部だった専修大に進学、1年秋から登板した。4年春に一部に昇格し、スピードガンの設置された神宮球場で初めて150キロをマークした。1部通算2シーズンで6勝4敗。

終盤になっても衰えない150キロを越す快速球とスライダー、フォークが武器。05年からシュートを習得、球速は直球とあまり変わらず、バットの芯を外すタイプの球で、安定感は更に増した。豪快に三振を取るタイプに見えるが、実は抜群の制球力を持っており、打たせて取る技術も併せ持つ。近年、先発タイプで平均145キロ以上を投げる投手は、セ・リーグにはいない。

入団後の経過

01年、入団5年目にして初の2ケタ勝利を達成。長島前監督は関係者に「黒田はセ・リーグでNo1の右ピッチャー、上原より上」と言わしめた。01年オフ、雅代夫人と結婚し精神面でも安定。03年は出足不調だったが、後半で8連勝を挙げ自己最多の13勝。3年連続2ケタ勝利、自身初の200イニングにも到達。防御率も3位に入る。

04年2年連続で開幕投手を任されたが、まさかの逆転負け。思えばこれが苦難の始まりだった。山本監督は「エース=完投」とこだわり続けた。150キロを超えるストレートも簡単に打たれ、連打を浴びるケースが増えた。違和感を訴えたのは6月20日のヤクルト戦。27日に出場選手登録を外れ、「右肩関節滑膜炎」と診断された。再昇格後の8月3日、8回までの完封ペースが暗転し、目前にした9回に逆転された。降板したベンチで涙がこみあげた。リーグトップの7完投を挙げるも結局7勝止まりで、4年連続2ケタ勝利はならなかった。2桁被安打は10度、130球以上投げた試合は7度。過去5年でみても最多。よくこれで、右肩が壊れなかったものだ。

05年から動作解析の専門家・手塚一志氏に師事。ビデオによる動作解析を行いながら改善策を話し合った。重心を低くし、ボールの出所を見えにくくするフォーム改造に04年オフから本格的に着手し、キャンプ中も習得に努めてきた。3年連続で開幕投手となった巨人戦では、5安打無四球完投勝利。27のアウトのうち14アウトが内角への直球とシュート。バットを5本、へし折った。5月は3完投を含む4勝を挙げ、月間MVPに選ばれた。交流戦では、ソフトバンクの杉内と2度投げあい、2度とも勝利。パ・リーグファンにも実力を知らしめた。広島球団史上37年ぶりのファン投票1位投手となり、オールスターにも出場した。甲子園の先発マウンドに立ち2回を無失点に抑えた。

後半に入っても順調に勝ち星を重ね、最多勝も現実を帯びてきた。10月7日、同点の5回に登板し、4回を投げ15勝を挙げ下柳(阪神)に並んだ。中継ぎでの勝利はプロ初だった。それが15勝目を挙げた翌8日、リーグ2位の200回オーバーの投球回にもかかわらず、球団には一部ファンから中継ぎ勝利に対する抗議電話が約20件あった。監督に志願し、最終戦の12日、中4日で先発。野村引退試合という事もあって、負けられない試合だった。しかし10安打を浴び4失点。勝つ事は出来なかった。

2年ぶりの200回超えというフル回転で、11完投、15勝。最多勝に輝き初のタイトル獲得。ベストナイン、ゴールデングラブも獲得し、名実ともに球界を代表するエースとなった。契約更改では球団最高の8500万円アップ。球団初の投手2億円到達となった。

2006年度総括・展望

例年ならシーズン終了後、約2ヶ月間完全にオフの期間をつくっていたが、昨季はWBCに照準を合わせ、05年12月からキャッチボールを欠かさなかった。更に2段モーション禁止へ対応するため、フォームの矯正にも取り掛かった。2月24日の12球団センバツとの練習試合に、右手人さし指打撲し、出場辞退。WBCに向けて早めに調整していたが、予想外の離脱となった。それでも開幕戦には間に合い、4年連続の開幕投手は勝ち星こそつかなかったが、6回を無失点に抑え責任を果たす。4月27日の巨人戦(広島)では、チーム一番乗りとなる完投勝利(3安打無四球完封)を挙げた。

開幕から中4〜5日でフル回転した事もあり、交流戦期間中に股関節痛を初めて発症(右肩関節滑膜炎)。シーズン最短となる4回0/3で12安打9失点と屈辱にまみれた。6月から状態は良くなり、7月は先発した4試合全て勝利、続く8月も4勝を挙げ、球団初となる2ヶ月連続MVPに輝く活躍を見せた。しかし9月は強い右ひじ痛に見舞われ登板を回避、10日には登録抹消された。交流期間中での故障と10年間投げ続けてきた蓄積疲労もあった。自己最多の8連勝中で、川上(中日)と最多勝争いを演じる中、手痛い離脱だった。最悪の場合“シーズン絶望”という状況から、順調な回復を続け、地元広島で最終戦となる試合に間に合った。

FA権取得で、移籍か残留か揺れ動く心境の中、地元広島の最終戦に登板。9回2死走者なしで“黒田”の名前が告げられると万雷の拍手が起きる。エースが右ひじ炎症からの復帰登板を果たした。11月6日、広島市内のホテルで会見を開き、FA権を行使せず、球団に残ることを発表。出来高を含め4年総額12億円の複数年契約を正式に結んだ。07年オフ以降容認されたメジャー移籍の可能性はあるものの、引退するまで国内の他球団移籍は完全否定。FA権を行使しなかった最大の要因は、他ならぬファンの存在だった。「逆指名で入団したカープには深い愛情がある。」引退するまで国内の他チームへ移籍しないことも断言した。「育ててもらったチームに他球団のユニホームを着て目いっぱい投げることは考えられない。この先国内他球団に移籍することはない」国内なら“生涯カープ”は決めた。

終盤の故障で13勝に終わったが、防御率1.85で最優秀防御率のタイトルを獲得した。規定投球回数を到達し、防御率1点台の投手は、88、89年の大野以来2人目という快挙。また6月7日から、13試合連続先発で成功し、現在も継続中だ。得点圏以外の被安打率は.252だが、得点圏にランナーを置くと.204と抑えている。この点を見ても、例え走者を出しても、点を与えない投球術ができていると言える。入団5年間は目立つ成績は残していないが、年々進化してきており、特にここ2年間は連続でタイトルを獲得。“広島残留宣言”で男気を上げ、今では広島の宝のみならず、名実共に球界を代表する選手となった。

更新日 2007.01.28

公式戦年度別成績
年度 所属 登板 完投 完了 当初 完封 無四 勝利 敗北 SP 打者 安打 被本 四球 死球 三振 失点 自責 防御率 順位
1997 広島 23 4 0 19 1 0 6 9 0 0 601 135 147 17 63 4 64 72 66 4.40 15
1998 広島 18 0 3 6 0 0 1 4 0 0 199 45 53 5 24 1 25 34 33 6.60
1999 広島 21 2 1 14 1 0 5 8 0 0 406 87 2 106 20 39 3 55 70 66 6.78
2000 広島 29 7 3 14 1 0 9 6 0 0 623 144 147 21 61 1 116 73 69 4.31 14
2001 広島 27 13 0 14 3 3 12 8 0 0 786 190 175 19 45 8 146 72 64 3.03 5
2002 広島 23 8 0 15 2 1 10 10 0 0 671 164 1 166 16 34 1 144 69 67 3.67 14
2003 広島 28 8 0 20 1 4 13 9 0 0 827 205 2 197 18 45 3 137 77 71 3.11 3
2004 広島 21 7 0 14 1 1 7 9 0 0 639 147 187 17 29 2 138 81 76 4.65 11
2005 広島 29 11 0 17 1 4 15 12 0 1 852 212 2 183 17 42 7 165 76 75 3.17 2
2006 広島 26 7 1 18 2 3 13 6 1 1 744 189 1 169 12 21 7 144 49 39 1.85 1
2007 広島 26 7 0 19 1 2 12 8 0 738 179 2 176 20 42 5 123 78 71 3.56 9
通算 271 74 8 170 14 18 103 89 1 2 7086 1700 1 1706 182 445 42 1257 751 697 3.69

ファーム年度別成績
年度 所属 登板 完投 完了 当初 勝利 敗北 打者 安打 被本 四球 死球 三振 失点 自責 防御率 順位
1997 広島 4 2 2 1 0 86 22 0 16 3 6 0 14 10 9 3.68
1998 広島 9 0 3 3 0 187 43 0 38 4 23 0 34 25 23 4.81
1999 広島 6 2 3 1 0 157 36 2 30 2 15 2 26 12 8 1.96
2000 広島 1 0 1 0 0 35 8 2 6 0 4 1 5 3 1 1.04