広島工3年夏は県大会ベスト16。駒沢大では4年秋に外野手から三塁手に転向。4年夏には日米大学野球に選ばれ、秋には10打点で東都大学リーグの打点王を獲得し、ベストナイン。大学通算本塁打は意外と少なく2本。
『空に向かって打つ』フルスイングで芯に当たれば場外本塁打を放つパワーはチームNo.1で次代を担う大型内野手。ミスター赤ヘル・山本浩二の意思を継ぐ男。阪神へ行った金本を、今でも実の兄貴のような師弟関係。弟の良太は05年中日へドラフト4巡で入団。
一発長打だけでなく、打率も3割前後をマーク。インサイドを苦にしない打撃。甘い球は、確実に仕留めている。これまでの新井は安定性、確実性に欠けた。原因はバットスイング。左足の踏み込みが大きいために軌道が狂い、目線がずれるケースが多々あった。ところが、05年は左足の歩幅を狭めて軸回転で打てている。バットを構えた際のグリップも、より高い位置に変えた。こうしたフォーム、つまり上半身と下半身併せた打撃改造によって、タイミングが取りやすくなった。コンパクトにしながらも、力強さを失わないスイング。それは、新井が打った右方向への本塁打にも表れている。
02年2試合目以降フル出場、チャンスに弱いとされていたが、得点圏打率.333とチームトップの数字を残しチャンスにも強くなった。レギュラー獲得で初の規定打席に到達する。金本が阪神へのFA移籍を決意した10月、秋季キャンプ出発のため空港にいた新井の携帯電話が鳴った。「もう一緒にはできんから」。その瞬間は冷静に受け答えした。が、キャンプ地・日南に着くと新井は1人で飲んだ。そして、泣いた。「涙が止まらなかった」。金本が付けていた背番号「10」をもらう話もあった。悩んだが、25番に愛着もあった為断った。
03年は、赤ヘルの第47代目四番を任された重圧で、開幕から極度の打撃不振。退場、6番降格、スタメン落ちと屈辱を噛みしめた。入団1年目以来本塁打、打率を上昇していた成績も、初のダウンとなった。
雪辱を期した04年は、更に不振に陥った。オープン戦中に痛めた左手甲の影響のために出遅れ、プロ6年目で初めて開幕メンバーを外れた。シーズン終盤に6本塁打し5年連続の2桁本塁打を達成したが、伸び悩んだ。年末に野村、佐々岡と護摩行を敢行。少々の事では揺るがない精神力をつけた。
05年はスタンスを狭くし、センター中心を心がける新打法でオープン戦から好調だったが、野村の一塁コンバートで開幕から出番なし。第3戦に4番ラロッカが左太もも裏の違和感で欠場し初先発。初回の3ランと、八回の試合を決める逆転2ランで4安打5打点の大暴れ。これを機にラロッカを元のセカンドへ追いやり、三塁でレギュラーを奪った。6月は6試合連続本塁打を放ち、87年のランスに並ぶ球団記録を達成するなど、10本塁打に加え、打率.413と好成績をマーク。プロ7年目にして初の月間MVPを受賞した。
9月19日横浜戦では打球を右肩に受けた。01年には右足を痛め、金本の「痛くても出ろ」というアドバイスにもかかわらず欠場し、定位置を失った苦い経験がある。今回は翌20日からテーピングをして出場。守備は三塁から一塁へ回った。24日の阪神戦で43号を放って、山本監督が持つ44本の球団記録にリーチをかけた。10試合も残っていたが、以後ノーアーチに終わり、記録は届かなかった。95年江藤以来の本塁打王とベストナインにも選出。打率.305と自己最高の成績を残した。だが主に三塁を務めた守備ではリーグワーストの25失策。最多だった02年の17個を更新した。
3月から始まったWBCに選ばれ、2試合3打席の出場ながら世界一を経験した。開幕当初、その実戦不足により、4月中旬まで打率1割台と低迷。05年本塁打王を獲得したそのバットから快音は聞かれなかった。新井には「去年の活躍をたまたまで終わらせたくない」と意地があった。18日の横浜戦(広島)で3安打4打点の活躍で勝利を導くと、翌日には三浦からレフトスタンドへ本塁打。実に64打席目にしてシーズン初本塁打を放った。昨季はブラウン監督の方針により、4番に対してもケース打撃を求められた。豪快なフルスイングから一転、地味ながら勝負強い打撃に徹した。当初は戸惑いもあり、5月を終わって打率.259、8本塁打、24打点と結果は出せていなかった。
転機は6月8日からの対楽天3連戦。試合前の室内特打を終えると、ブラウン監督から声が掛かった。「スイングは一つ。打撃にはインコース、アウトコースの打ち方なんてない」実績組は放任してきた指揮官が初めて行ったシンプルな直接指導に迷いは吹っ切れた。6月は打率.330、5本塁打、22打点とケース打撃が着実に自分のものになってきた。9月には5試合連続殊勲打、球団タイ記録の4試合連続猛打賞などで、打率.390、19打点をマークした。この月、5つの犠牲フライを記録したのも、ケース打撃の効果と言えよう。
98打点で迎えた中日との最終戦(広島)、梵、前田がダブルスチールを決め二、三塁とし、お膳立てをしてくれた。佐藤亮からライトへ三塁打を打ち、球団史上7人目の100打点を達成。本塁打は25本と半分近く減ったものの、得点圏打率.355と勝負強さが身についた。年間9犠飛は95年江藤の12個以来、広島で3人目。入団9年目にして、ついに一億円の大台に乗った。
全試合に出場しチームを鼓舞。時には不甲斐ない投球を続ける大竹に思わず歩み寄り激しい口調で飛ばしたゲキ。試合中はチームリーダーとして、試合外はムードメーカーとしてチームを支える。今季は、少なかった本塁打を伸ばし、広島史上3人目の3割、40本塁打、100打点を達成して欲しい。
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