上一色南小1年で野球を始め、中学時代はショート。修徳高に一般入学で入ったが練習では区別されたことから1ヶ月で軟式野球に転向した。エースとして活躍し、全国大会2年連続ベスト8入りした。同志社大では準公式で、ナックルボールを駆使し1年秋からエース。1年生の時に、全国制覇している。準硬式の関西6大学リーグでは通算28勝、全公式戦39勝を挙げた。野球を始めてから軟式一筋という変わり種右腕。00年西武にドラフト6位で入団し、スリークォーターからサイドスローに転向。最速142キロの速球と、スライダー、シュート、フォーク、シンカーと多彩な変化球が武器。決め球はナックル。ストレート比率は25%とほとんど変化球しか投げないイメージだ。またフィールディング能力も高い。
入団当初から中継ぎ投手として活躍。しかし03年、当時大阪近鉄バファローズに所属していた中村紀洋との対戦で死球を与え乱闘になった。その際に一塁走者だったローズが青木に体当たり。数メートル飛ばされた。大阪市内の病院で検査を受け、頚椎(けいつい)ねん挫、後頚部打撲、右足関節ねん挫と診断される。その事故による2軍降格以降、思い切りの良さが消え、また故障もあって、制球力、球威ともに影を潜めている。
06年3月23日、福地寿樹との交換トレードで広島に移籍。2軍では一時期故障で一ヶ月戦列を離れたが、15試合に登板し、失敗はわずか2度とストライク先行の投球を見せる。7月7日に2度目の1軍昇格を果たす。11日の阪神戦、4万人の大観衆の中、緊張の移籍後初登板では1回を無安打無失点2奪三振という完璧な内容。その日を含め8試合(内1試合は投球ゼロ)連続無失点を続け、多彩な球種で打者を翻弄した。与えた四死球はゼロと、四球を嫌うブラウン監督には好印象を与えただろう。惜しくも右肩痛で8月3日に2軍落ち、その後は1、2軍とも登板は無い。02年以来の活躍か?と思っただけに惜しい故障であった。昨季の投球内容から、今季の期待は大きく、貴重な中継ぎの戦力になれるか?
|