県岐阜商高3年の夏に甲子園出場も初戦敗退。5試合連続本塁打を記録するなどパンチ力はある。東北福祉大では2度のベストナインを獲得。00年の全日本大学選手権で準優勝に貢献し、日米大学野球の代表メンバーにも選ばれた。公式戦の通算打率は3割を超える。大学No.1捕手。
捕ってから投げるまでの速さが1.8秒と、抜群のスローイングは強肩で正確だ。キャッチング、ワンバウンド処理、リードなどのデイフェンス面は阿部(巨人)を大きく上回りヤクルトの古田タイプ。リードは総合性を求める所があり制球力のある投手なら無難なリードをこなす。ネット裏でも各チームの編成担当から「将来の正捕手だ」との声が聞かれた。打撃で苦手なコースはインサイド。
大学通算 試54 打数148安打47本塁打3 打率.318
入団2年目の03年は、初の開幕1軍入りを果たし、4月中旬頃から西山に代わり先発出場が急増。116試合に出場し110試合に先発マスクをかぶった。しかし打率は.213。送りバントの失敗も相次ぎ、失策も7個と不本意な成績に終わった。初本塁打が満塁弾など、4本中2本が満塁弾と意外性のある打撃というべきか。
04年は開幕から2試合連続猛打賞と好調。積極打法が結実した。全打席313打席中、初球打ちは70打席(22%)、打率は.314と3割を超えた。138試合中127試合に先発し、打率.288。打撃力の向上もあって、捕手の規定打席到達は、96年の西山以来。
05年、3月3日、ソフトバンクとのオープン戦(ヤフードーム)だ。第1打席でファウルチップを放った際、激しい痛みに襲われた。左手有鉤骨骨折と判明、3月14日に群馬県内の病院で手術を受けた。04年135試合に出場した正捕手の離脱はチームにとって大きな痛手となった。当初は完治まで3カ月かかると見られ、前半戦復帰も微妙と見られたが、経過は良好。5月20日のウエスタンのサーパス戦(由宇)から実戦復帰。24日には1軍昇格となった。シーズン終盤、倉に先発を奪われたが、52試合に先発マスクをかぶり、打率.241。8月2日には自己初のサヨナラ本塁打を放つなど活躍。盗塁阻止率ではリーグ1位の倉の44.0%にわずかに及ばなかったが42.9%と強肩ぶりを見せた。
開幕時、倉と実力は伯仲しており、併用する形で開幕から起用された。開幕時から打撃好調で、4月は打率.319を残す。その事もあり先発出場が増えていった。しかし5月以降の3ヶ月間は、打率.149と極度の打撃不振に陥り、更に夏場は投壊による失点の増加により、徐々に出場機会が減っていった。
最終的には先発数は石原、倉とも71試合と、偶然にも同数となり、正捕手の座を勝ち得る事はできなかった。打率は04年から年々低下、盗塁阻止率も05年の.429から.245に落ちた。阻止率が倉と共に下がった要因は、走者の牽制より、相手打者との勝負を重視するチーム方針が少なからず影響している。
今季は、ブラウン監督の“打てる捕手”を起用していくと方針が決まった。ただ昨季の打率は.221、得点圏打率は.097、特に満塁での成績は7打数0安打と、レギュラー取りを目指すには致命的な数字だ。昨秋のキャンプでは打撃練習がほとんどの時間を費やし、更にフォーム改造にも取り組んだ。中日・落合監督の現役時代のようなフォームに変えていく。実際、当時のビデオを取り寄せて研究したという。
リード面を含めた守備力では倉より劣り、打撃力も年々低下している。総合力では倉が多少上回っているといえる。打撃優先の方針から木村一にもチャンスが増える為、正捕手争いはますます激化するだろう。
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