浜寺昭和小2年からソフトボールを始める。浜寺南中では「和泉北シニア」に所属し遊撃手。広陵では高1の夏、フリー打撃中に人手不足のためゲージ内で捕手を務めた時、中井監督がセンスを見抜き遊撃から捕手へ転向。1年秋からベンチ入りし、2年春から4季連続で甲子園出場。守備だけでなく打撃にも定評があり、10試合に出場し、通算打率.436。02年春には西村とバッテリーを組み、4番打者としてセンバツ優勝に貢献した。捕手のドラフト1位獲得は91年の瀬戸以来。50m6.5秒、遠投110メートル。
目指すは「盗塁阻止率100%、投手も走られたら嫌がるし、非現実的かもしれないけれど盗塁阻止率100%を目指したいです」2年まで阻止率は8割を超え、3年生になれば他校は盗塁を試みなくなったほどだ。リード面でも優れた才能を持つ。03年11月に行われた中国大会ではスコアラーとして他校を分析。新チームの優勝を後押しした。「投手の力を引き出すため」と毎晩、野球日誌の他、配球などの反省ノートを書き込んできた。「城島(マリナーズ)クラス。30年近く見てきた中でも2人といない選手。リード、肩、状況判断、総ての面で揃っている。大学を含めた捕手の中でNo.1」村上スカウトの評価も高い。広島では次世代を担う逸材として期待している。
04年の春季キャンプでは強化選手として、別メニューで参加。ウエスタン開幕後も、故障者と共に3軍で筋力トレーニング中心の練習を続けた。5月に入って、由宇での試合をベンチで見学するようになった。ウエスタン初出場は6月5日。9回からマスクをかぶり柔軟性に富む股関節、長い手足を生かした独特のキャッチングを見せた。18試合中、3試合に先発したが、盗塁をやすやすと決められるなど、捕手としての課題は山積みだ。打撃もファームでは15打数0安打と初ヒットとはならず。10月のよさこいリーグでも代打本塁打を放つが、32打数4安打、打率.125と、打撃面もまだまだ力不足。
05年は、先発出場も途中交代が多かったが、終盤からフル出場が増えた。ファームでは55試合に出場し、先発マスクはチーム最多の49試合。とにかく出場機会を作り経験を積んだ。その甲斐があってスローイング、キャッチングの技術も向上した。8月には走られた5度のうち4度刺し、城島クラスと形容された肩でも結果を出した。9月に倉が負傷し、1軍昇格も検討されたが、2軍での試合出場の経験を優先し、昇格は見送られた。しかし10月には出場こそ無かったが、プロ入り初の1軍昇格を果たした。
ウエスタンでは、先発マスクをチーム最多の40試合にかぶる。打撃面では打率.189、更に打席の約1/3が三振と成長は見られなかった。肩の強さは実証済みだが、打撃、リード面はまだまだ課題が残る。今季もファームの正捕手だが、打撃が魅力の06年高校生ドラフト3巡の会澤が加入する為、うかうかできない。現在石原、倉、木村一とそれぞれ強みを持った捕手が居る為、当面はじっくりと英才教育できる。
|