東都2部で2年秋に完全試合を達成。140キロに達することは無かったが、丁寧なピッチングで奪った27のアウトのうち16個は内野ゴロによるものだった。
直球の最速は138キロだが、191センチの大きな体を活かし、サイドハンドからスライダー、シンカーをコーナーに散らす。長い腕をしならせて投じる直球は微妙に変化し、打ちづらいのが特徴だ。縦の揺さぶりは少ないが、ホームべースを広く使った投球に特徴がある。投手としては小学生からだが、現在のような再度スローになったのは、中一の夏だった。当時の指導者に横から投げてみるようにアドバイスを受けた。すると変化球が面白いように曲がった。これまでテークバックが大きくロスのある投げ方だったが、腕を下げることで改善されていった。
身長191センチは広島の日本人でNo1。04年まで着けていたサイドスローの小山田の背番号を継承。50m走=6秒2、遠投=95m。
入団1年目05年、オープン戦の好投から、新人7投手唯一の開幕1軍入りをつかんだ。プロ初登板は4月5日の阪神戦。スライダー、シンカーを巧みに操り2回を1安打無失点に抑えた。4月7日には味方の逆転からラッキーなプロ初勝利もゲットした。その後は毎試合のようにブルペンに入り、6月まで新人ながら30試合に登板した。練習中に右肩に違和感を訴え、ブルペン入りを回避していたが、苦しい台所事情から登板した事もあった。後半は右肩痛などから失速したが、33試合に登板し、防御率2.53。救援成功率69.7%と好成績を残す。秋季キャンプで、アンダースローを試投したが、右脇腹に痛みを感じ断念。しかし、ブラウン監督の勧めもあり、オフ中に国学院大の先輩、渡辺俊(ロ)に直接指導を受ける構えだ。
春季キャンプからアンダースローに転向するものの結果を出せず開幕は2軍。4月下旬に元のサイドに戻した。徹底した筋カトレも実って球速が春先より約10キロアップした。最速141キロを計測するまでになり、8月6日に1軍初登板。昇格後もクイックモーション、足の上げ方、セットの時間など上手く使い打者のタイミングを外す事を考えた。そこから13試合連続無失点に抑え、8月終盤からはセットアッパー、9月には腰痛の永川に代わって抑えとしての起用を検討されるなど信頼度も急速に上がっていった。23試合で防御率1.23、成功率は87%と驚異的な安定度を誇る。2軍では通算防御率5点台なのに、1軍では2.00と意外な成績。今季は永川に繋げるセットアッパーとなれるか?1年間通して活躍してもらいたい。
|