小学2年でソフトボールを始め、中学から投手。3年九州大会で、中学の先輩で当時大分・別府大付高3年だった城島健司(マリナーズ)に会い、進学を決める。高校は3年夏の地方大会で大分商と再試合、2日間で27回を完投も敗れベスト8が最高。駒大では大学日本一。JFE西日本では、ストッパーを務め、04年の社会人野球日本選手権では5試合に登板。社会人日本選手権で優勝の原動力となりMVPに輝いた。
低めにノビのある最速146キロの直球と、切れ味鋭いスライダーとフォークが武器。即戦力の中継ぎ右腕として期待。天野タイプ。50m走=6秒3、遠投=100m
入団1年目の05年、5月10日に初めて1軍に昇格。15日のオリックス戦でブランボーに満塁弾を許し、18日には2軍降格。6月29日に再昇格し、8月2日の巨人戦では、総力戦となり延長11回8番手で登板。1点を失ったが、その裏、石原の逆転サヨナラ2ランが飛び出し、田中にプロ初勝利が転がり込んだ。無失点に抑えた日でも、不安定なピッチングを重ね、27日に2軍降格した。即戦力として期待されたが、14試合で、防御率6.92と結果が出なかった。
好不調の波が激しく、投げる日によって、ボールが高めか低めに集まりすぎる傾向がある。気合は感じられるが、一本調子になりがちだ。社会人野球で見たような、低めに集まる伸びのあるストレートは、最速143キロに留まり、威力もさほど感じられなかった。秋季キャンプではフォークの精度アップと、力のある直球を低めに投げる事を意識して練習に取り組んでいる。
4月28日にローテの谷間となる為、1軍に昇格するも、翌日は雨の為中止、先発登板なく2軍落ちした。その後、ファームでは先発ローテとして登板。好不調の波は少ないものの、1軍にあがれる程の投球ではなかった。8月12日から3試合連続好投し、再びローテの谷間となった9月10日に再昇格した。しかし2回を投げ7安打4本塁打8失点と散々な結果となり、期待を大きく裏切った。翌日には2軍落ちとなり、結局この1試合のみでシーズンを終えた。「緊張して、マウンドで力が入らなかった」と本人も言うように、実績の無い投手でいきなりの先発はちょっと酷だった。
背番号は10番台の“19”を剥奪され“38”へ変更された。即戦力投手として獲得したが、ここ2年は期待を裏切っている。27歳という年齢からも今季は正念場だ。05年よりストレートのスピードは上がってきており、社会人日本選手権で優勝した頃のノビのあるストレートが戻れば今季は期待出来るかもしれない。
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