仙台育英高では1年の00年夏、2年の01年春夏の計3回甲子園に出場。2年の春は2番打者として、同校初の準優勝に貢献した。立命館大に進学するもNPB入りを目指して中退。四国アイランドリーグの設立元年となった05年から愛媛マンダリンパイレーツでプレーする。
足が速く、広角に打てる打撃が魅力。05年は打率.296、5本塁打、38打点。さらに50m6秒0の俊足を生かし21盗塁をマーク。打撃3部門でいずれもリーグ2位の好成績をマークし、二塁のベストナインに選ばれた。ただ守備は87試合で22失策と鍛え直さないといけない。白武スカウトは「現在内野手がやや手薄で努力次第で十分チャンスがある」と期待を寄せている。
四国アイランドリーグ所属選手に保障されているのは月収12万円に加え、シーズン中(4−9月)の食事代・月10万円の年間204万円。シーズンオフはバイトに励むことになるが、それでも生活するのがやっとだ。育成選手になっても金銭的に厳しいことは代わらないが、「イチロー選手のように打って、守って、走れる選手になりたい。広島では前田選手が理想です」と、21歳の若者は夢にあふれている。遠投95m
春季キャンプは日南2軍組でスタート。課されたメニューを必死にこなしていた。キャンプ中盤、オーバーワークや昔からの持病もあり腰痛を発症。以降は大野練習場でリハビリに明け暮れた。3軍で調整を続け、4月28日のウエスタン阪神戦で初出場。常時出場こそまだ無いが、代打や二塁での先発と、起用されていった。9月3日ソフトバンク戦ではプロ初本塁打。初めて3安打猛打賞をマークした19日のサーパス戦から3試合連続マルチ安打を記録。育成選手ながら65試合に出場し打率.270をマーク、失策もわずか2個。自慢の足は5度企画して1度成功したのみ。今季は支配下選手契約されるのでは?と思っていたが、惜しくも契約されず。
2007年2月28日に念願の支配下登録され、背番号が128から56に変わり、年俸も350万から450万にアップ。
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