小学5年から三次少年野球クラブで軟式野球。捕手として永川(広島)とバッテリーも組み、全国ベスト16。三次中から三次高で遊撃と投手。2年夏のベスト16が最高、3年夏は2回戦敗退。
強豪・駒大へと進学すると2年秋から一塁でレギュラー。3年から三塁で副主将、秋のリーグ戦で優勝する。4年春にまさかの2部に降格し、単位取得のため引退。永川とは大学でも同一リーグとあって、携帯で連絡を取り合う仲。
社会人野球の日産自動車へ進み、1番・遊撃手として04年の都市対抗野球では2本塁打を含む打率.524で首位打者、久慈賞(敢闘賞)と2冠に輝きチームを準優勝に導いた。盗塁も社会人に入ってから急増。05年は練習試合も含め35盗塁とほぼ2試合に1個のペースで量産した。社会人No.1遊撃手。05年9月にオランダで行われたIBAFワールドカップでもチームを引っ張り、スポーツニッポン新聞社制定の2005年度社会人野球ベストナインにも選出された。
173センチと、決して大きくはないが、04年秋からは打撃面でも成長。グリップを一握り分短く持つ打法に変えてから飛距離が伸びた。それまでの2年間で2本塁打だったが、翌年は10本塁打。パンチ力ある打撃に、遠投110メートルの強肩が魅力。スローイングもいい。さらに50メートル5秒7の俊足と走攻守3拍子揃っている。
「大学の先輩でもある野村選手が目標。遊撃にこだわりがある」。目標とする選手は、05年で引退した野村謙二郎だ。広島県出身の梵にとって、2000本安打を達成した同選手は小さい頃からの憧れ。駒大の先輩でもある。広島は「7番」を永久欠番預かりとして、少なくとも野村引退後の1年間は空き番にすることを決めている。会見では「1年目から自分のポジションを獲る、プロでも首位打者と盗塁王を狙いたい」と堂々と宣言。ルーキー野手として、山本浩二以来となる開幕スタメン奪取へ意欲をみせた。松坂世代最後の大物。
「1番・遊撃手」としてリードオフマン、そして守備の要としてチームの期待は高まる。ブラウン監督は「春季キャンプはもちろん、1軍に帯同させる。早く実際のプレーを見てみたい」と興味津々だ。キャンプも沖縄1軍スタートが決定。
新人1年目の昨季、オープン戦で全16試合中14試合に二塁でスタメン出場。走攻守とも新人らしからぬプレーで、山本浩二以来37年ぶりの開幕スタメンを確定させた。中日との開幕戦では、6回二死一塁。5球連続ファウルで粘った後の川上の141キロ直球を中前にはじき返し、61年の山本一義氏以来45年ぶりに新人開幕先発安打を放った。華々しいデビュー戦を飾ったものの、すぐさまプロの厚い壁に直面した。プロの切れとスピードについていけず凡打を繰り返し、28打席連続無安打を含め、打率1割を切る程まで落ちていった。
転機は4月27日の巨人戦(広島)。2回二死、桑田の初球を左中間席へプロ初本塁打。午前中、逝去した祖父・宝英さんの告別式に出席。初のお立ち台ではあふれそうになった涙を必死にこらえていた。その日以来、打率が急上昇。プロのスピードに慣れてきた時期でもあった。安打を量産し、9月7日の横浜戦(下関)では、58年に小坂佳隆が樹立した球団新人最多安打を更新する113安打目を放った。
東出との1、2番コンビを確立し、ひたむきなプレーでファンを魅了した。度重なる怪我にも負けず早期に復帰。9月26日の試合前のノックで右目を負傷。シーズン絶望と思われたが、残り2試合でグランドに戻り、ファンの待つ地元広島市民球場で復活した姿を見せた。
123試合に出場し、打率.289、8本塁打。右打者ながら両リーグトップの8三塁打と、チームトップの13盗塁。新人王争いでは、吉村(横浜)、佐藤充(中日)らライバルが多い中、2位の吉村に倍以上の票差をつけて獲得した。広島の新人王は97年の澤崎以来9年ぶり。オフには、背番号も「32」から「6」へ変更、野村謙二郎の着けていた「7」にはならなかった。
今季は、東出との二遊間を更にレベルアップし、中日の荒木・井端を追随する。タイプ的には1番梵、2番東出が向いている為、打順は逆になるのではないか。
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