長岡五小1から野球を始め、坂西中3年から投手。中学2年の時、左利きを生かして投手となり、初登板で無安打無得点の快投。高校進学時、数校の誘いの中から太田市商を選び、栃木県足利市の自宅から通学。朝五時半には家を出て、夜十時すぎに帰宅する毎日。太田市商では1年夏からベンチ入り、秋からエースとなる。しかし、2年の3月、挫折を味わった。フォームを崩して制球を乱し、エースの座から滑り落ちた。それまで頻繁に学校を訪れていたプロのスカウトも次第に姿を見せなくなった。ここで諦めなかった。下半身を鍛えるため、走る距離を倍にした。左翼から右翼まで全力疾走を繰り返すなど「吐くまで走った」。連日、午後十一時を過ぎるまでのトレーニングが実り、高校最後の夏の大会前、エース番号を奪い返した。甲子園には届かなかったが、スカウトたちは再び振り向いた。3年夏の県大会は全試合に先発するも決勝で前橋商に敗退した。
3歳から小学6年まで野球の練習のない平日は空手を続けた相澤。しなやかなフォームの基礎をつくったと同時に、マウンドでの攻撃的な姿勢を生み出した。
直球は最速140キロで、持ち球はスライダーとカットボール。齊藤とは違ったタイプの投手。左腕から打者の内角を攻める、強気の投球が身上。杉内(福岡ソフトバンク)のような投手が目標だ。フォーク習得など入団後、技術面の向上に意欲をみせる。チームメートの細谷内野手はロッテから4巡目指名される。50m=6秒4 遠投105m
ファームでのプロ初登板は6月8日、1回を無安打無失点に抑えた。6月後半からは度々先発するようになり、9月10日の中日戦では、持ち前の強気の投球で6回を3安打6奪三振1失点。新人一年目は11試合に投げ31回2/3で与四球25と制球力が課題。秋季キャンプでは制球力アップに取り組んでいるが、ブルペンでの球数は毎回40球、そのうちストライクの数は20球前後とまだまだ。
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