廣瀬 純 広島東洋カープ 選手プロフィール

Carp's CLUB かぷ吉



選手名鑑


廣瀬 純


プロフィール

廣瀬 純
  • 守備外野手

  • 背番号26

  • 生年月日1979年 3月29日 牡羊座

  • 年齢・血液型38才 B型

  • 出身地大分県臼杵市

  • 投打右投右打

  • 身長・体重180cm 87kg

  • 入団2001年 2巡  入団 17年目


経歴・獲得タイトル他

  • 経歴佐伯鶴城高−法大−広島(01-)

  • 獲得タイトル

  • その他記録

  • 年俸

  • 備考

廣瀬純レーダーチャート

公式戦年度別成績

年度 所属 試合 打席 打数 得点 安打 二塁 三塁 HR 打点 盗塁 盗死 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率 長打率 出塁率 順位
2001 広島 80 120 105 15 30 5 0 1 5 0 1 0 2 7 6 27 2 0 .286 .362 .358
2002 広島 39 43 35 3 10 1 0 0 2 1 0 5 0 2 1 6 1 0 .286 .314 .342
2003 広島 52 53 50 4 12 3 0 2 7 0 0 0 0 1 2 11 1 1 .240 .420 .283
2004 広島 10 16 13 0 1 0 0 0 0 0 0 1 0 1 1 3 0 0 .077 .077 .200
2005 広島 43 43 39 4 12 2 0 0 2 0 1 0 1 2 1 14 1 1 .308 .359 .349
2006 広島 84 183 162 20 47 6 0 5 29 4 0 3 3 10 5 30 4 2 .290 .420 .344
2007 広島 83 177 158 21 44 7 0 7 15 1 1 4 0 10 5 25 5 1 .278 .456 .341
2008 広島 16 30 28 1 3 1 0 0 1 0 1 0 0 2 0 8 1 1 .107 .143 .167
2009 広島 94 213 195 18 54 9 1 5 22 1 3 4 4 7 3 32 3 2 .277 .410 .306
2010 広島 135 546 482 65 149 32 3 12 57 3 1 8 4 36 16 66 9 2 .309 .463 .374 8
2011 広島 73 276 218 24 59 4 0 2 27 2 0 9 6 29 14 36 11 1 .271 .317 .382
通算 709 1700 1485 175 421 70 4 34 167 12 8 34 20 107 54 258 38 11 .284 .405 .349

ファーム年度別成績

年度 所属 試合 打席 打数 得点 安打 二塁 三塁 HR 打点 盗塁 盗死 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率 順位
2002 広島 31 104 95 7 31 5 1 3 16 3 1 0 0 7 2 17 1 0 .326
2003 広島 48 206 175 30 47 11 1 4 25 2 3 2 1 22 6 30 3 1 .269
2004 広島 25 101 87 27 41 7 1 7 21 4 0 0 0 12 2 10 0 0 .471
2005 広島 50 198 181 33 58 8 1 12 44 4 2 0 4 8 5 17 6 3 .320
2006 広島 2 6 6 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1 0 .167
2007 広島 6 19 16 2 7 1 0 0 2 1 0 0 0 0 3 0 1 0 .438
2008 広島 50 177 149 19 45 8 3 0 19 7 1 3 3 14 8 10 1 3 .302
2009 広島 7 25 23 4 9 0 1 2 5 1 0 0 0 1 1 2 0 0 .391
2011 広島 15 36 33 4 9 2 0 2 5 0 0 0 0 2 1 7 3 0 .273

来歴

入団までの経緯・特徴

佐伯鶴城高では3番センターとして甲子園に出場。大学3年の春季リーグでレギュラーとなり、史上9人目の三冠王を獲得した。4年時は4番で主将を務め、春季リーグ優勝。シドニー五輪にも出場し、7試合で17打数5安打1打点。六大学屈指の強打者。広島の外野手では初の逆指名入団。リーグ屈指の強肩で、守備力はトップクラス。高校は先輩に野村謙二郎がいる。あごに届きそうな長いもみあげがトレードマーク。03年TBSの番組、未来日記掘3人のクリスマス」に出演した青谷桃子と結婚。長いモミアゲが特徴で、そのモミアゲ(チャリ)から「チャーリー」という愛称を持つ。

入団後の経過

2001年、入団1年目は、新人ながら開幕一軍ベンチに入り、5月19日の中日戦では4打数4安打を記録。22日の横浜戦ではプロ初本塁打を達成した。80試合に出場し打率.286を記録。

2002年は、右ひじ、右ひざ痛で出場数は半分に減った。2003年は阪神にFA移籍した金本知憲の代役として期待されたが、52試合に出場し、打率.240、2本塁打に終わる。

2004年
外野のライトのレギュラー争いでは嶋重宣に奪われ、オープン戦で結果を出せず、開幕一軍でさえも、朝山東洋にも負けた。4月13日のウエスタン近鉄戦では、赤堀から右手首に死球を受け、右手関節三角繊維軟骨複合損傷と診察され、全治3ヶ月。9月5日、晴れて一軍昇格となったがアピールできず。先発はわずか4試合。安打もたった1本と、怪我も重なり入団以来最低の成績を残した。

2005年
春季キャンプでは、打撃改造の為、インパクトの瞬間、押し出すように振ることでフォロースルーが大きくなった。「課題は精神面」と1月からメンタルトレーナーと契約。呼吸法や目線などに注意し、常にプラス思考で打席に入っている。2001年以来の開幕一軍と幸先のいいスタートとなった。外野はほぼ固定の為、限られた出場機会の中、4月まで17打数8安打、打率.471と結果を出した。しかし投手枠優先の為、5月8日には二軍降格となった。6月24日に再登録されるが、シーズン終了まで一軍にいることはできなかった。出場数は例年通りだったが、初の3割台。ファームでも50試合で12本塁打と課題の打撃は向上してきている。

2006年
前年オフから少しオープンスタンスにする、フォーム改造に取り組んだ。オープン戦で結果を残し、一軍メンバーに選ばれた。開幕戦からヒットを放ち、4月終了時点で、打率.375を残す。主に代打での出場で難しい役目だが、確実に結果を出していった。幸先のいいスタートが切れたシーズンだったが、交流戦で左ふくらはぎを痛めてしまい、戦線を離脱した。

ケガが治り、約2ヶ月後の7月に一軍に復帰。6日のヤクルト(広島戦)で先発すると、4打数2安打1打点とすぐに結果を出した。8月終盤には、慣れない一塁の守備だが、先発で出場する機会も増えた。一時期調子を落としていたが、シーズン終盤の10月になると覚醒した。5日の中日戦(ナゴヤドーム)では最多勝の川上から先制3ランを放ち、11日のヤクルト戦(神宮)では自身初の1試合2本塁打をマークするなど、月間で打率.343、4本塁打、13打点と大活躍。

最終的には、84試合に出場し、打率.290、5本塁打、29打点。入団1年目以来の出場数で、本塁打、打点は自己最高の成績を残した。年俸も2年目の1400万をピークに、現在は1100万まで落ちていたが、この活躍で64%UPの1800万となる。

好調な打撃の要因は、打撃フォームの改造の成功も一つであるが、メモを取るようにした。対戦した投手の球種や打ったコース、打席での気持ちや技術的なこと、様々なことをメモに書き込んだ。そうして次の打席や試合に備えることで、自信がついた。オフには新井貴浩と共に、初めて鹿児島・最福寺での護摩行を行い、精神的にも強くなった。広島カープ所属選手で初のblogを開設「廣瀬純 野球日記」し、本人のナマの声が聞ける。

2007年
プロ入り初めて開幕戦を7番中堅で先発した。三回に左翼線二塁打すると、一死後、梵英心の中飛でタッチアップ。クロスプレーになったが、捕手のタッチをうまくかいくぐりホームイン。四回の2打席目、三回の走塁の際に、左太ももに張りが出た為、代打交代した。翌日の31日には登録抹消となり、無念の降格となった。それから約1ヶ月後に一軍復帰し、4月29日の阪神戦では、一回裏、無死満塁の場面で、能見からバックスクリーンへプロ入り初となる満塁弾を放った。6月29日の巨人戦では、代打3ラン。7月12日のヤクルト戦では、九回表2−2の同点で、代打決勝ソロと、記憶に残る本塁打が多かった。17日からは、5試合連続マルチヒットを記録するなど、7月は、打率.421、5打点、3本塁打と好成績を残した。2006年に続く活躍で、自己最多の7本塁打を放った。

2008年
阪神にFA移籍した、新井貴浩の人的補償で入団した赤松真人や、天谷宗一郎の台頭で4年連続開幕一軍を果たすことができず、二軍でのスタートとなった。ファームでは、3月に2試合連続猛打賞を記録するなど、好調にスタートしたが、打撃不振に陥り、一時期は2割3分台まで下がった。5月20日にようやく一軍昇格し、先発した28日の西武戦で2安打1打点と活躍するものの、翌日は涌井が右投げということもあり、先発はなかった。結局この年は打撃低迷もあり、2004年に次ぐワーストの16試合の出場に留まった。

2009年
シーズン序盤、出場機会はあるものの、4月は打率.059で安打は1本のみ。打撃が低調で、守備固めの起用が多かった。6月になって、月間打率.292とようやく調子が上向いてきた。7月に入ると、4度のマルチ安打を放つなど、月間で打率.387をマーク。8月26日のヤクルト戦では、先発が右投手なのに起用され2安打3打点と結果を出し、翌日27日のヤクルト戦では、二回表を終わって0−6と大敗ムードの中、先制ソロで反撃の口火を切る一発。七回一死二、三塁の場面では、ブラウン監督の退場で球場全体がざわつく中、2点二塁打で同点打を放った。シーズン後半から、打撃フォームが自分の求めている形になってきて、結果も残せるようになった。相手投手の右左関係無く、先発で起用されることが増え、入団最多の94試合に出場した。天谷宗一郎の成長や新外国人フィオの入団で、レギュラー争いは激しいが、今季は節目の10年目。レギュラー獲得となるか?

2010年
昨季はオープン戦から好調で、2007年以来の開幕スタメンを勝ち取った。序盤は打率1割台であったが、4月17日の中日戦で、自身初のサヨナラを放ち、6点差の逆転勝利を物にすると波に乗った。5月は先発した15試合中12試合で安打を放ち、代打でも4打数3安打と勝負強さも見せ、打率.393と高打率を残す。また6月10日まで自己記録を更新する14試合連続安打も記録した。7月も打率.365と、さらにギアを加速し、一時は.340まで到達した。また23日に行われたオールスターは、故障欠場した栗原健太に代わって初出場を果たした。8月以降は下降気味だったが、大きなスランプに陥ることなく、終盤まで安定したバッティングを披露した。

体は、右ふくらはぎ、背筋、腰痛と満身創痍だったが、入団10年目にしてフルシーズン一軍に在籍し、初めて規定打席にも到達。打率.309と3割を超え、出場試合数、本塁打、打点で自己最高の成績を残した。右打者の廣瀬が得意なはずの左投手には前年まで打率.238(右投手は.312)と苦手にしていたが、このシーズンは打率.333、1本塁打と克服。(右投手は打率.301、11本塁打)コンパクトなスイングで安打を量産したことが、活躍の要因とも言える。

守備面では元々定評があったが、高い判断力から際どい打球を何度も好捕し、肩はスピード、正確性ともに抜群で、赤松と並びリーグ1位タイの10捕殺をマーク。11月11日にゴールデングラブ賞を初受賞、チーム内から、投手・前田健太、遊撃手・梵英心、外野手・赤松真人と4人も選ばれた。広島から4選手が受賞したのは過去2度。日本一に輝いた1984年、達川光男衣笠祥雄長嶋清幸山崎隆造、1986年は北別府学、達川、衣笠、長嶋が受賞した。Bクラスから4選手が選出されるのは、セでは2000年に4位だったヤクルト以来の2度目。5位では史上初めてとなる。

2011年度総括・展望

更新日 2011.02.18

廣瀬純と同じ2001年に広島に入団した選手

選手名 ドラフト 守備 状況 現在
島崎毅 4巡 投手 移籍 引退
鶴田泰 2巡 投手 移籍 引退
佐藤康幸 6巡 投手 移籍 引退
E・シュールストロム 投手 助っ人 引退
T・ヤング 投手 新入団 引退
横松寿一 1巡 投手 新入団 引退
廣瀬純 2巡 外野手 新入団 在籍
玉山健太 3巡 投手 新入団 引退
甲斐雅人 4巡 内野手 新入団 引退
田村彰啓 5巡 外野手 新入団 引退
石橋尚到 6巡 内野手 新入団 引退
岡上和典 7巡 内野手 新入団 引退

廣瀬純と同じ1979年に生まれ広島に入団した選手

選手名 月日 守備 状況 現在
岡上和典 01/04 内野手 新入団 引退
廣瀬純 03/29 外野手 新入団 在籍
天野浩一 04/12 投手 新入団 引退
D・ダグラス 04/28 投手 新入団 引退
山田真介 06/15 外野手 移籍 引退
田中敬人 07/26 投手 新入団 引退
C・ルイス 08/02 投手 新入団 引退
兵動秀治 08/10 内野手 新入団 引退
岩崎智史 08/14 内野手 新入団 引退
橋本啓 09/05 投手 新入団 引退
石原慶幸 09/07 捕手 新入団 在籍
青木智史 09/10 外野手 新入団 引退
喜田剛 10/25 内野手 移籍 引退
林昌樹 11/28 投手 新入団 引退
M・シュルツ 11/28 投手 新入団 引退
E・スタルツ 12/09 投手 新入団 引退