比嘉 寿光
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- 年度成績
- 1軍打撃成績
- 1軍投手成績
プロフィール
- 守備内野手
- 背番号52履歴 10(04-08) 52(09)
- 生年月日1981年 4月19日 牡羊座
- 年齢・血液型28才(引退時) O型
- 出身地沖縄県豊見城市
- 投打右投右打
- 身長・体重185cm 87kg
- 入団2004年 3巡 6年間 引退09年
経歴・獲得タイトル他
- 経歴沖縄尚学−早大−広島(04-09)
- 獲得タイトル
- その他記録
- 年俸750万円→600万円 ▼150万円
- 備考
公式戦年度別成績
年度 | 所属 | 試合 | 打席 | 打数 | 得点 | 安打 | 二塁 | 三塁 | HR | 打点 | 盗塁 | 盗死 | 犠打 | 犠飛 | 四球 | 死球 | 三振 | 併殺 | 失策 | 打率 | 長打率 | 出塁率 | 順位 |
2004 | 広島 | ||||||||||||||||||||||
2005 | 広島 | 8 | 17 | 16 | 3 | 3 | 1 | 0 | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 4 | 0 | 0 | .188 | .438 | .235 | |
2006 | 広島 | ||||||||||||||||||||||
2007 | 広島 | ||||||||||||||||||||||
2008 | 広島 | ||||||||||||||||||||||
2009 | 広島 | ||||||||||||||||||||||
通算 | 8 | 17 | 16 | 3 | 3 | 1 | 0 | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 4 | 0 | 0 | .188 | .438 | .235 |
ファーム年度別成績
年度 | 所属 | 試合 | 打席 | 打数 | 得点 | 安打 | 二塁 | 三塁 | HR | 打点 | 盗塁 | 盗死 | 犠打 | 犠飛 | 四球 | 死球 | 三振 | 併殺 | 失策 | 打率 | 順位 |
2004 | 広島 | 43 | 137 | 128 | 14 | 28 | 4 | 1 | 2 | 14 | 5 | 1 | 1 | 1 | 6 | 1 | 24 | 6 | 6 | .219 | |
2005 | 広島 | 81 | 328 | 301 | 31 | 85 | 15 | 0 | 4 | 42 | 8 | 2 | 0 | 5 | 19 | 3 | 59 | 4 | 12 | .282 | 11 |
2006 | 広島 | 72 | 238 | 220 | 16 | 44 | 7 | 0 | 2 | 15 | 0 | 1 | 0 | 1 | 14 | 3 | 44 | 8 | 8 | .200 | 15 |
2007 | 広島 | 56 | 180 | 162 | 12 | 37 | 5 | 0 | 2 | 16 | 0 | 1 | 1 | 0 | 16 | 1 | 19 | 0 | 6 | .228 | |
2008 | 広島 | 25 | 37 | 32 | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 1 | 6 | 0 | 0 | .063 | |
2009 | 広島 | 45 | 86 | 80 | 7 | 25 | 9 | 0 | 1 | 11 | 1 | 0 | 1 | 0 | 5 | 0 | 15 | 1 | 6 | .313 |
来歴
小2から野球を始めて中学までは外野手と捕手。高校に入ると遊撃手に転向した。3年の選抜では打率.400の活躍で沖縄県勢初優勝に貢献する。早大では1年春からリーグ戦出場し、3年春からリーグ戦4連覇。高校でも大学でも最終学年で主将と四番を務め、常に歓喜の輪の中心にいた。大学通算、打率.260、9本塁打、47打点。広島が用意したのはFA移籍した金本知憲が付けていた背番号「10」。長身、甘いマスク、チームメートから「包み込むような人柄」と評される人間性。早大で三遊間を組んだ鳥谷は同リーグのライバル阪神へ進んだ。「長打力では譲らない」と強烈な対抗心を燃やす。ツボにはまればスタンドインする長打力を秘めているが、まだ確実性が低い。守備もキャッチングなど、課題も多く残る。
04年、一軍組スタートとなった春季キャンプだが、結果が出ず二軍降格。ファームの1試合目から三塁で先発出場。4月10日のサーパス戦では、帰塁する時に左手親指を突き、21日の検査で「左母子基節骨骨折」と診断され、30日に手術。約1ヶ月もギプス生活が続いた。7月12日に二軍に合流し、24日にはプロ入り初本塁打を放つ。右手親指の骨折の影響もあり打率.219、2本塁打に終わる。
05年、ファームでは三塁手で不動のレギュラーとなり、夏場に入った7月は5試合連続マルチ安打を放つなど、打撃も上向き、後半戦は111打数35安打、打率.315と好成績を残す。9月18日、プロ入り初の一軍昇格を果たす。翌日、八回一死一塁で代打で登場すると、ホルツ(元ヤクルト)の直球をバックスクリーン左へ本塁打。これが、85年青島(元ヤクルト)以来20年ぶり、リーグ5人目の偉業を成し遂げた。24日には、二塁手でプロ初先発。夏場に入って二塁の練習を始め、実戦は二軍戦で6試合をこなしたのみだったが、早速功を奏した。ファームでは打率.282はまずまず。本塁打が4本とやや少なかったが、盗塁数は8個と意外と足の速さも見せた。
06年、6月まで4番を打っていたが、序盤の練習不足や打撃不振から4番降格となった。オープン戦の試合中、外野の守備で右足首の靭帯を痛め、打ち込み不足になった事も不振の原因だった。さらに8月には、練習中に右足ふくらはぎを痛めるアクシデントもあり、約1ヶ月間、三軍での調整を余儀なくされた。復帰後もフォームを試行錯誤するうちに、迷いからスイングが鈍っていった。結局、打率は05年の.282から.200へダウン。チャンスでも余裕を持つことができず、打点も42から15と激減した。守備面では、ファーストやサードなら今の一軍野手とそん色はない。また、セカンドや外野も守ることも多くなった。
07年、ファームでは3年ぶりに規定打席を割り、三塁の先発数も山本芳彦の37試合に対し、26試合とレギュラーから陥落。年々出場数が減ってきている。
08年、3月の打撃練習中に左手首に痛みを訴え「左手有鉤骨(ゆうこうこつ)骨折」と診断され、手術を行った。5月17日に二軍戦で実線復帰するも、ほとんどが代打での起用に留まり、自己最低の25試合、打率.063に終わった。09年ドラフト1位入団の岩本貴裕により背番号が10から52に変更された。
ファームで打率.313を残し、初めて3割を超えたが、10月9日、戦力外通告を受ける。フロント入りし、広報を担当する。
比嘉寿光と同じ2004年に広島に入団した選手
選手名 | ドラフト | 守備 | 状況 | 現在 |
G・ラロッカ | 内野手 | 新入団 | 引退 | |
M・ワトソン | 投手 | 新入団 | 引退 | |
J・フェリシアーノ | 投手 | 新入団 | 引退 | |
白濱裕太 | 1巡 | 捕手 | 新入団 | 在籍 |
比嘉寿光 | 3巡 | 内野手 | 新入団 | 引退 |
尾形佳紀 | 4巡 | 内野手 | 新入団 | 引退 |
仁部智 | 5巡 | 投手 | 新入団 | 引退 |
比嘉寿光と同じ1981年に生まれ広島に入団した選手
選手名 | 月日 | 守備 | 状況 | 現在 |
井生崇光 | 03/12 | 外野手 | 新入団 | 在籍 |
B・バーデン | 04/02 | 内野手 | 新入団 | 在籍 |
D・サファテ | 04/09 | 投手 | 新入団 | 在籍 |
上野弘文 | 04/10 | 投手 | 新入団 | 在籍 |
比嘉寿光 | 04/19 | 内野手 | 新入団 | 引退 |
長崎元 | 05/07 | 外野手 | 新入団 | 引退 |
末永真史 | 06/08 | 外野手 | 新入団 | 在籍 |
R・ラミーレス | 08/31 | 投手 | 新入団 | 引退 |
苫米地鉄人 | 09/22 | 投手 | 新入団 | 引退 |
中東直己 | 10/05 | 外野手 | 新入団 | 在籍 |
青木高広 | 11/26 | 投手 | 新入団 | 在籍 |
N・マテオ | 12/16 | 投手 | 新入団 | 引退 |
迎祐一郎 | 12/22 | 外野手 | 移籍 | 在籍 |