梵 英心 広島東洋カープ 選手プロフィール

Carp's CLUB かぷ吉



選手名鑑


梵 英心


プロフィール

梵 英心
  • 守備内野手

  • 背番号6履歴 32(06)-6(07)

  • 生年月日1980年10月11日 天秤座

  • 年齢・血液型36才 B型

  • 出身地広島県三次市

  • 投打右投右打

  • 身長・体重173cm 70kg

  • 入団2006年 3巡  入団 12年目


経歴・獲得タイトル他

  • 経歴三次高−駒沢大−日産自動車−広島(06-)

  • 獲得タイトル最優秀新人(06)

  • その他記録

  • 年俸

  • 備考

梵英心レーダーチャート

公式戦年度別成績

年度 所属 試合 打席 打数 得点 安打 二塁 三塁 HR 打点 盗塁 盗死 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率 長打率 出塁率 順位
2006 広島 123 494 450 78 130 20 8 8 36 13 5 12 2 27 3 62 8 15 .289 .422 .332 15
2007 広島 136 588 519 69 135 20 4 18 56 20 6 8 4 51 5 95 7 13 .260 .418 .330 30
2008 広島 97 318 287 23 65 11 0 1 17 8 5 3 2 23 3 50 7 11 .226 .275 .289
2009 広島 73 264 241 28 54 9 4 2 19 14 3 3 1 18 1 37 4 9 .224 .320 .280
2010 広島 144 659 562 82 172 34 3 13 56 43 14 36 4 53 4 80 4 7 .306 .447 .368 10
2011 広島 52 232 192 34 41 7 2 2 11 8 4 14 1 23 2 34 2 3 .214 .302 .303
通算 625 2555 2251 314 597 101 21 44 195 106 37 76 14 195 18 358 32 58 .265 .387 .327

ファーム年度別成績

年度 所属 試合 打席 打数 得点 安打 二塁 三塁 HR 打点 盗塁 盗死 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率 順位
2008 広島 14 58 52 4 13 1 0 0 4 7 0 1 0 5 0 5 1 4 .250
2009 広島 22 81 67 15 18 0 0 1 6 7 2 0 1 13 0 11 0 3 .269
2011 広島 4 11 9 1 4 1 0 0 2 0 0 0 0 2 0 0 0 0 .444

来歴

入団までの経緯・特徴

小学5年から三次少年野球クラブで軟式野球。捕手として永川勝浩とバッテリーを組み、全国ベスト16。三次中から三次高で遊撃と投手。2年夏のベスト16が最高、3年夏は2回戦敗退。

強豪・駒大へと進学すると2年秋から一塁でレギュラー。3年から三塁で副主将、秋のリーグ戦で優勝する。4年春にまさかの2部に降格し、単位取得のため引退。永川とは大学でも同一リーグとあって、携帯で連絡を取り合う仲。

社会人野球の日産自動車へ進み、1番・遊撃手として2004年の都市対抗野球では2本塁打を含む打率.524で首位打者、久慈賞(敢闘賞)と2冠に輝きチームを準優勝に導いた。盗塁も社会人に入ってから急増。2005年は練習試合も含め、35盗塁とほぼ2試合に1個のペースで量産した。社会人No.1遊撃手。2005年9月にオランダで行われたIBAFワールドカップでもチームを引っ張り、スポーツニッポン新聞社制定の2005年度社会人野球ベストナインにも選出された。

173センチと、決して大きくはないが、2004年秋からは打撃面でも成長。グリップを一握り分短く持つ打法に変えてから飛距離が伸びた。それまでの2年間で2本塁打だったが、翌年は10本塁打。パンチ力ある打撃に、遠投110メートルの強肩が魅力。スローイングもいい。さらに50メートル5秒7の俊足と走攻守3拍子揃っている。

「大学の先輩でもある野村選手が目標。遊撃にこだわりがある」。目標とする選手は、2005年で引退した野村謙二郎だ。広島県出身の梵にとって、2000本安打を達成した同選手は小さい頃からの憧れ。駒大の先輩でもある。広島は「7番」を永久欠番預かりとして、少なくとも野村引退後の1年間は空き番にすることを決めている。会見では「1年目から自分のポジションを獲る、プロでも首位打者と盗塁王を狙いたい」と堂々と宣言。ルーキー野手として、山本浩二以来となる開幕スタメン奪取へ意欲をみせた。松坂世代最後の大物。「1番・遊撃手」としてリードオフマン、そして守備の要としてチームの期待は高まる。

入団後の経過

2006年
オープン戦で全16試合中14試合に二塁でスタメン出場。走攻守とも新人らしからぬプレーで、1969年の山本浩二以来37年ぶりの開幕スタメンを確定させた。中日との開幕戦では、六回二死一塁。5球連続ファウルで粘った後、川上の141キロの直球を中前にはじき返し、1961年の山本一義以来45年ぶりに新人開幕先発安打を放った。華々しいデビュー戦を飾ったものの、すぐさまプロの厚い壁に直面した。プロの切れとスピードについていけず凡打を繰り返し、28打席連続無安打を含め、打率1割を切る程まで落ちていった。

転機は4月27日の巨人戦(広島)。二回二死、桑田の初球を左中間席へプロ初本塁打。午前中、逝去した祖父・宝英さんの告別式に出席。初のお立ち台ではあふれそうになった涙を必死にこらえていた。その日以来、打率が急上昇。プロのスピードに慣れてきた時期でもあった。安打を量産し、9月7日の横浜戦(下関)では、1958年に小坂佳隆が樹立した球団新人最多安打を更新する113安打目を放った。

東出輝裕とのキーストーンコンビを確立し、ひたむきなプレーでファンを魅了した。度重なる怪我にも負けず早期に復帰。9月26日の試合前のノックで右目を負傷。シーズン絶望と思われたが、残り2試合でグランドに戻り、ファンの待つ地元広島市民球場で復活した姿を見せた。

123試合に出場し、打率.289、8本塁打。チームトップの13盗塁と、右打者ながら両リーグトップの8三塁打をマーク。広島では1990年の野村謙二郎以来、歴代4位。

新人王争いでは、吉村(横浜)、佐藤充(中日)らライバルが多い中、2位の吉村に倍以上の票差をつけて獲得した。広島の新人王は1997年の澤崎俊和以来9年ぶり。オフには、背番号も「32」から「6」へ変更、野村の着けていた「7」にはならなかった。年俸も1400万から129%アップの3200万に到達。オーナー賞の300万も獲得する。

2007年
2年目はトップバッターとして開幕戦を迎えた。単発でヒットは出るが、固め打ちが出ず、4月は打率.237と低迷した。5月は調子を取り戻したものの、6月17日の日本ハム戦では、「ひざ外側半月板損傷」で一時戦列を離れた。幸い一週間で復帰したが、7月には自己ワーストの32打席連続無安打で不振を極め、8番を打つことも増えた。8月に入りようやく調子が上がってきて、8日の中日戦では、七回4−5の1点ビハインドで左翼へ逆転2ラン。九回にはダメ押しの適時打を放つなど、シーズン初の4安打を放った。2日後のヤクルト戦でも、2本塁打、2二塁打で4安打4得点と一気に調子を取り戻した。前半は不振に苦しんだが、8月以降は55試合で打率.294、13本塁打、33打点と4番並の打撃で復調し、シーズン終盤には長打を期待される6番を任された。前年と比べて、打率は.289から.260と下がったが、本塁打は8本→18本、盗塁は13個→20個と増えた。前半は2年目のジンクスに苦しんだが、初めてフルシーズン一軍で活躍した。

2008年
2番打者として開幕3連戦に出場したが、13打数1安打と打てず、4試合目からは早くも7番に降格。降格後からは、コンスタントに安打が出るようになり、4月6日の横浜戦では、3ランを含む3安打4打点と活躍した。しかし調子は長続きしなかった。19日の巨人戦では、凡打の後ヘルメットを投げつけ懲罰による交代や、精細を欠くプレーが目立ち、26日には、リフレッシュさせるために二軍降格となった。新人の2006年9月27日に右眼窩底骨折で二軍落ちして以来2度目で、不振による降格は今回が初めてだった。一軍復帰後は、下位打順で先発していたが、調子は一向に上がらず、7月後半からは、新人・小窪哲也の打撃が好調で、ショートのポジションを奪われることが多くなった。シーズン終盤に入っても小窪との併用という形で、ポジションを奪い返すことはできなかった。過去2年の成績より全ての面で大きく下回り、周りの期待を大きく裏切った。

2009年
横浜から移籍した石井琢朗の加入により、小窪を含めショートのポジション争いが激戦区になった。4月3日の巨人との開幕戦は、初のクリーンアップとなる3番打者として先発し、見事に勝ち取った。しかし結果が出せず打撃不振に陥り、4月終了時点で、打率.167、失策は4個も犯した。序盤は石井との併用が続いた。5月に入り調子を取り戻し、交流戦では1番で起用される機会が増えた。だが6、7月で、打率.224、2本塁打と、完全に調子を取り戻すことはできず、7月31日に小窪に代わって二軍降格となった。その後は一度も昇格することなくシーズンを終えた。14個の盗塁を記録したものの、打率.224、2本塁打は2008年とほぼ同じで、寂しい成績となった。翌年は大学の先輩である野村謙二郎新監督になり、年齢も大台の30歳。チームの中心にならなければいけない選手だけに、復活を期待する。

2010年
キャンプでは小窪、石井と遊撃争いは三つ巴だったが、オープン戦では全試合2番・ショートとして起用された。機動力復活を掲げる野村新監督にとって、梵の復活は必要不可欠だからだ。開幕戦から2番・ショートとして起用され、3、4月は打率こそ.276だが、10盗塁をマークした。5月も打率.294、6盗塁。盗塁数は4月の1ヶ月間で12盗塁した松本(巨人)が、4月25日に故障したため、リーグトップになっていた。6月は5試合連続マルチ安打など、打率.333をマークした。また7月を終え、盗塁数は28盗塁。トップを走る石川(横浜)との差は3個と、デッドヒートの様相を呈してきた。

8月に東出が右ひじの痛みを訴え戦線離脱すると、梵が1番バッターとして繰り上がった。打率、本塁打など比較して梵の方がトップバッターとして、しっくりくるオーダーであった。また石川(横浜)が故障のため、戦線離脱すると、そのスキに盗塁を量産。9月を終了して41盗塁と5個差をつけた。最終的には43盗塁まで伸ばし、自身初のタイトルである盗塁王を獲得した。40盗塁以上は、1997年の緒方孝市がマークして以来13年ぶり。またチームでただ一人の全試合に出場し、打率は入団5年目にして初の3割に到達した。しかも対左投手には打率.358とめっぽう強い。

守備でも、シーズンでわずか7失策。守備率.990で遊撃手としては、1994年の野村監督が記録した.982を超えて歴代最高となった。11月11日にゴールデングラブ賞を初受賞。広島で3割、10本、40盗塁を達成した打者は、83年高橋慶彦(1983年.305、24本、70盗塁)、緒方(1995年.316、10本、47盗塁)以来、3人目となった。

打順が2番の時は、打率.284だったが、1番では、打率.354をマーク。制約のある2番打者より、自由に打てる1番での起用が適している。今季は、2年連続盗塁王と、首位打者を獲得して欲しい。

2011年度総括・展望

更新日 2011.02.18

梵英心と同じ2006年に広島に入団した選手

選手名 ドラフト 守備 状況 現在
山田真介 3巡 外野手 移籍 引退
青木勇人 5巡 投手 移籍 引退
中谷翼 育成枠 内野手 新入団 在籍
D・ダグラス 2巡 投手 新入団 引退
V・マルテ 投手 新入団 引退
鈴木将光 1巡 外野手 新入団 在籍
今井啓介 2巡 投手 新入団 在籍
梵英心 3巡 内野手 新入団 在籍
齊藤悠葵 3巡 投手 新入団 在籍
梅原伸亮 4巡 投手 新入団 引退
相澤寿聡 4巡 投手 新入団 在籍
飯田宏行 5巡 投手 新入団 引退

梵英心と同じ1980年に生まれ広島に入団した選手

選手名 月日 守備 状況 現在
仁部智 01/10 投手 新入団 引退
大須賀允 03/08 内野手 移籍 引退
J・フェリシアーノ 04/06 投手 新入団 引退
木村昇吾 04/16 内野手 移籍 在籍
鞘師智也 05/06 外野手 新入団 引退
C・トレーシー 05/22 内野手 新入団 引退
酒井大輔 06/19 投手 新入団 引退
B・エルドレッド 07/12 内野手 新入団 在籍
矢野修平 08/12 投手 新入団 引退
B・コズロースキー 08/16 投手 新入団 引退
飯田宏行 08/19 投手 新入団 引退
東出輝裕 08/21 内野手 新入団 在籍
江草仁貴 09/03 投手 移籍 在籍
B・バリントン 09/30 投手 新入団 在籍
梵英心 10/11 内野手 新入団 在籍
山崎浩司 10/31 内野手 移籍 他球団
V・マルテ 11/08 投手 新入団 引退
E・フランコ 11/25 内野手 新入団 引退
永川勝浩 12/14 投手 新入団 在籍